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最上の選択肢を選べない自分を許そう。楽に生きるために

過去には、自分に腹が立つことが、今よりもっともっとありました。
あの時、よりよい選択肢があったのに、なぜそれを選ばなかったのか。
(つまり、あの時の選択のせいで、今よろしくない状態になっていることを悔やみ、自分を責めている、ということ)

本当にそれが最上の選択だったか?なんていうのは、時間が経たないとわからないものですが。
それでも日常には、何かを選ばなきゃいけない場面がたくさんあって……
私たちは無意識のうちに、大小いろんな決断を重ねながら、日々を生きているものです。

たとえば、失敗の例を挙げましょう。
・職場からの帰り道、急いでいるときにここぞと選んだ道が、あっちこっちで渋滞
・昨日、満タンにしたガソリンが、今日になって数円値下がっている
・化粧品を買ったら、もっと安く売っているお店を見つけてしまった
・食後のデザートにヨーグルトを選んだら、あら腹痛。プリンにしとけばこんなことには……

あえて小さな出来事を選んで書いていますが、割と洒落にならないレベルで間違えた選択も過去には山ほど。

実は私、けっこうな完璧主義者です。……でした。
完璧主義者の日常って、疲労感にまみれているんですよ。

「完璧主義」って、言葉だけ聞くと、なんだかカチッとした響きで、かっこよく思えるけれど…
要するに「完璧じゃない自分を許さない」という生き方なんですよね。
厳しい。非常に厳しい人生。

そんなのは強靭な精神と肉体を持った人でなければ耐えられないと、改めて考えればすぐわかります。

考えればわかるのに、身の程知らずにもそんな思想だったので、毎日が苦しいのは当たり前ですね。
だって私たちは一日に何百回も、小さな選択をしているんだから。
その全部で「最上」を選び続けること、できますか?

もしもそれをずっと求めていたら、「後悔」と「自分を責める気持ち」だらけの人生になってしまう。
そこに思い至って、そんなの、さすがに哀れで悲しすぎる……と、愕然としました。

だから、考え方を少しだけ変えてみることにしました。
すぐにはできなかったけれど、少ーしずつ。

まずは、今日も無事に一日を終えられた。まずはそれが一番。

家に帰って、ごはんにありつけたらよし!それがスタートライン。

そして、たとえば選択肢が10個あるとしたら、下から半分を避けられたらいいでしょうと。
上から3つくらいのうちから選べたらもう、全部正解。もはやラッキー。

それくらいの気持ちでいると、断然肩の力が抜けるのを自覚できます。

次には、一日の終わりに、体力も気力も、なんだか余力のある自分に気づきました。
そりゃそうです。自分を責めたり後悔したりする時間がまるっとなくなったんですから。

余力ができれば、寝る前の自由時間を楽しめるようになって――
楽しい時間があれば、いい気分で眠りにつけるようになります。
いい睡眠がとれれば、疲労も回復し、寝ざめもよくなって、次の日にはさらに心にゆとりを持って行動でき……

なかなかいいサイクルじゃありませんか、これ。

もちろん、前みたいに自己嫌悪に陥ることもあります。
でも、それも人間だから、しょうがない。ロボのように、一気にプログラムを書き換えるなんてことはできません。
不完全な生き物が、すべてを変えなきゃなんて、それこそ完璧主義。

また間違えたし、また転んだ。
でも、少しずつ進めばいっか、と思える日々は、悪くないものです。

だってね、自分を嫌わずにいられるだけでも、大きな大きな進歩なのですよ。
「ありのままの自分を愛そう」っていう言葉には、ちょっとむず痒いような抵抗を感じますが、
「よくやってるよ、おつかれ」と労うくらいは充分できるようになりました。

そんな、最上の選択肢を選べなかった自分も許せる人生の方が、前よりずっと生きやすいのは確かです。

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